大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)892号 判決

主文

原告に対し、被告会社は金六万八七五〇円および内金六万一八八〇円に対する昭和三六年三月一日以降内金六七七〇円に対する昭和四二年一二月四日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告に対し被告近藤春子は金一万一六二二円その余の被告らは各自金七七四八円および右各金員に対する昭和四二年一二月四日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分しその二を原告、その三を被告らの負担とする。

本判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

一、原告は「原告に対し被告会社は金一三万〇五九〇円および内金一二万三八二〇円に対する昭和三六年三月一日以降内金六七七〇円に対する昭和四二年一二月四日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員、被告近藤春子は金一万七七〇〇円、被告近藤文祐・被告近藤哲次・被告近藤雄三郎は各自金一万一八〇〇円および右各金員に対する昭和四二年一二月四日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

(一)  別紙目録記載(一)の家屋はもと被告会社、同(二)の土地はもと訴外亡近藤文雄の所有であつたところ、右土地・建物につき昭和二七年三月二五日訴外星野登良男のために根抵当権設定登記・所有権移転請求権保全の仮登記・同年一一月一日代物弁済予約完結に因る所有権移転登記がなされ、即日右土地は訴外大沢金備のため、右家屋は訴外大澤園子のために所有権移転登記がなされ、次いで同年一二月二日右土地・建物ともに原告名義所有権移転登記がなされた。

(二)  しかるところ、被告会社および訴外近藤文雄は前記訴外大沢金備・同大澤園子および原告を相手方として東京地方裁判所に対し、原告らのためになされた前記各所有権移転登記の抹消を求める訴(同庁昭和二八年(ワ)第九六六号事件)を提起し、右訴は控訴・上告を経て昭和三五年一月二三日被告会社および訴外近藤文雄両名全部勝訴の判決が確定した。

(三)  ところが、被告会社および訴外近藤文雄は右認定判決に基づく抹消登記手続をしなかつたため、原告は別表のとおり右土地・建物の固定資産税・都市計画税を登記名義人としてやむを得ず支払つた。

ところで、都市計画税・固定資産税は登記簿上所有名義人となつていることからその支払義務は発生するのであるが、右土地・建物は右のとおり原告の所有ではなく、被告会社および訴外近藤文雄の所有であることが確定したのであるから、原告との関係では被告会社および訴外近藤文雄においてそれぞれ所有者として税負担の義務を有するのであり、したがつて原告の前記納税により自己の負担すべき税の支払いを免れたものである。

よつて、被告会社および訴外近藤文雄は不当利得として原告に対し前記納付税金相当額の金員を返還すべきである。

(四)  しかるところ、右訴外近藤文雄は昭和三五年七月三〇日死亡し、被告近藤春子は配偶者として三分の一の相続分をもつて、被告近藤文祐、同近藤哲次、同雄三郎は子として各九分の二の相続分をもつて右訴外人の権利義務を承継した。

(五)  よつて、原告は被告会社に対し右土地についての前記納付税金相当額の金員、その余の被告らに対し右建物についての前記納付税金相当額のうち各相続分の割合による金員および右各金員に対する各法定利息の支払を求めるため本訴に及んだ。

(六)  なお、別表記載1の税は昭和二八年一月一日現在における登記簿上の所有名義人であつた前記大沢金備および大沢園子の両名にそれぞれ賦課されたものであるが、原告は昭和二八年一月九日受付をもつて登記簿上の所有名義人となつたので原告において支払つたのであり、また、昭和四二年度における課税額は土地については金一万三五〇〇円建物については金九一〇〇円であつたが、原告は同年度の右土地・建物の税として合計金一万六八〇〇円を支払つたので右支払額は課税額に按分してそれぞれ支払われたとみるべきであるから、原告の支払つた税は別表記載9のとおりとみられるべきである。

二、被告らは請求棄却の判決を求め、請求原因事実中(一)(二)(五)の事実は認めるも、その余の事実は不知と答弁し、次のとおり抗弁した。

(一)  原告主張の課税および納税の事実が認められるとしても、原告は登記簿上の所有名義人として税法上負担すべき税を負担したに過ぎず、被告らに負担義務はないのみならず、原告は登記抹消手続をしないという自らの不法の行為により税を負担するに至つたものであるから、被告らに対し不当利得として返還を求めることは正義公平信義誠実の原則に反し許されない。

(二)  仮りに被告らに不当利得返還義務ありとしても、被告らは原告に対し次の債権を有するからこれをもつて対等額において相殺する旨昭和四三年七月一七日意思表示をした。

(イ)  原告主張の東京地方裁判所昭和二八年(ワ)第九六六号事件およびその控訴事件たる東京高等裁判所昭和二九年(ネ)第一七二六号事件・その上告事件たる最高裁判所昭和三三年(オ)第四四号事件の各訴訟および東京地方裁判所昭和二八年(モ)第四一二号東京高等裁判所昭和二九年(ネ)第一七二九号仮処分異議事件において当該訴訟費用はいずれも本件原告の負担とする旨の判決確定し、右訴訟費用の確定決定申立を被告らにおいてなしているが、その額は金五〇万円を超える。

(ロ)  原告は原告主張のとおり不法の登記手続をしたものであるところ、昭和二八年二月一一日被告会社らが提起した登記抹消請求の訴状により、右登記の不法なることを知りながら右訴訟において不当に抗争し、控訴上告をしたために、被告会社らは弁護士に訴訟委任しこれが訴訟費用として金五〇万円以上を要したから右は原告において賠償すべきである。

(ハ)  原告は右訴訟事件の判決確定後も、判決に基く抹消登記義務を履行しなかつたのみならず昭和三一年一二月一二日受付第三一四一三号をもつて訴外有限会社叶商事のために所有権移転の仮登記をしたので、これが抹消のために被告会社らは金一〇万円以上を要したから、原告はこれを賠償すべきである。

(三)  仮りに、以上すべて理由なしとしても原告・被告会社および訴外近藤文雄のいずれもが商人であるから原告主張の請求権は五年の時効により消滅した。

三、原告は被告らの抗弁(二)に対し次のとおり述べた。

東京地方裁判所昭和二八年(ワ)第九六六号事件においては、原告は被告会社および訴外近藤文雄・被告は原告ほか二名であつたから「訴訟費用は被告らの負担とする。」との裁判により原告の負担分は三分の一であり、同事件の控訴審である東京高等裁判所昭和二九年(ネ)第一七二六号事件においては右第一審の被告三名が控訴人・第一審の原告二名が被控訴人であり、右事件の上告審である最高裁判所昭和三二年(オ)第四四号事件においては本件原告が上告人となり、本件被告会社および訴外近藤文雄が被上告人となり控訴上告費用はいずれも控訴人上告人の負担とされたのであるが、被告ら主張の仮処分異議事件については不知である。その余の抗弁事実はいずれも争う。

立証(省略)

理由

一、請求原因(一)(二)の事実は当事者間に争いなく、右の事実と成立に争いのない甲第三ないし第八号証に証人矢箆原二美栄の証言原告本人尋問の結果東京都千代田税務事務所に対する調査嘱託の結果によると原告主張の土地、建物につき原告は昭和二九年一月一日以降登記簿上所有名義人となつていたため右期間における右土地、建物の所有者は土地は訴外近藤文雄建物は被告会社であつたに拘らず、原告に対し別表記載2ないし9記載のとおり固定資産税、都市計画税が課税され、原告はこれをその頃納税したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はなく、右甲第三ないし第五号証によれば別表記載9の昭和四二年度分の税は昭和四二年一二月四日までに支払つたことが認められ、その余の納税は特別の事情が認められない本件においては一般に最終納付期限とされている各翌年の二月末までには納付したものと認むべきである。

二、してみれば、被告会社は本件建物、訴外近藤文雄は本件土地の各所有者であつたに拘らず原告が登記名義人として課税されたために納税義務を免れたものというべきであるから、被告会社は別表記載2ないし9の土地の課税額欄記載の額相当の、訴外近藤文雄は同建物の課税額欄記載の額相当の利得をそれぞれ法律上の原因なくして不当に得、一方原告は同額の損害を蒙つたものというべきである。

尤も、原告は地方税法の規定により登記名義人として課税され、被告会社および右訴外人には課税されなかつたのであるが、固定資産税、都市計画税は不動産の所有者に課せられるべきものであつて、ただ徴税上の技術的考慮から一定の時点における登記簿上の所有名義人をもつて納税義務者としたものにほかならないと解せられる。それ故所有権の変動に遅れて登記簿上所有名義の変動があつた場合前名義人が納税義務者となつた場合は別異に解せられる余地があるにしても前認定のごとく、登記簿上の名義人の変動が無効な登記によるものである場合は真の所有者と登記簿上の名義人との関係においては課税を免れた真の所有者は不当に利得したものというべきである。そして、このように解することが衡平の原則に適うものであることはいうまでもない。

三、しかしながら昭和二八年度分の税は、原告も自認するとおり訴外大沢金備および訴外大澤園子が登記名義人として課税されているのであつて被告会社および訴外近藤文雄が税負担を免れたとしても、それは右訴外人らが納税義務者とされたからにほかならないのであり、原告が右訴外人らに代つて納税したことに因るものではないから、右の課税額、納税額を明らかにするまでもなく原告の損失において被告会社、訴外近藤文雄が利得したものとはいえないから別表記載1の税負担を不当利得の原因とする原告の主張は採用しない。

四、しからば、被告会社および訴外近藤文雄は右認定の税を免れた分相当の金員を原告に返還すべき義務あるものというべきところ、被告らは原告において原告を登記名義人とする登記を抹消すべき義務あるに拘らず抹消しなかつた故に課税されるに至つたのであるから、不当利得返還請求をなし得ないという。しかしながら、原告が登記抹消をしなかつた故に被告会社らに損害を蒙らせたことがありしたがつてこれが賠償義務を負うことがあるにしても、そのことの故に原告において不当利得返還請求権を取得しないと解すべき理由はないから右主張は採用しない。

五、よつて、被告らの相殺の抗弁について判断する。

被告らは昭和四三年七月一七日の本件口頭弁論期日において相殺の意思表示をする旨主張しながら当裁判所の釈明にもかかわらず昭和四五年一二月二一日の本件口頭弁論期日に至るまで、被告会社および訴外近藤文雄の相続人として被告らがそれぞれ幾何の自働債権をもつて相殺するのかその数額を明らかにせず、その点において相殺の抗弁を採用するに由なきものであるが、被告らの主張を善解し、被告ら主張の金額は各自もしくは、被告会社が二分の一その余の被告らは残余につき各相続分の割合をもつて自働債権の額とするというものとしても次に説明するとおり採用できない。

(一)  被告ら主張(イ)の債権を自働債権とする抗弁について

被告らは被告ら主張の各控訴事件において原告の負担とさるべき訴訟費用の額の主張立証をしないから、訴訟費用確定決定以前において負担義務者に対する請求権が現実化しているか否かの問題をさておいても右請求権を自働債権とする相殺の主張は採用の限りではない。

(二)  被告ら主張(ロ)の債権を自働債権とする抗弁について

成立に争いのない乙第一号証の一ないし三によると、原告は被告ら主張の訴につき控訴上告をなし結局敗訴の判決確定したのではあるが、被告会社および訴外近藤文雄の提起した訴は本件土地、建物につき訴外星野登良男(原告の前々登記名義人)のための所有権取得登記の効力を争点とするものであつたことが認められるのであつて、かかる訴訟において原告が上述のとおり抗争したからといつて、これを直ちに不当視して原告に損害賠償義務を負担させることはできず、他に右抗争を不当ならしめる事由も発見できない。のみならず、被告らは右訴訟追行のために要した費用を明らかにする立証もしない。

(三)  被告ら主張(ハ)の債権を自働債権とする抗弁について

被告らは、原告において登記抹消手続をしなかつたから被告会社および訴外近藤文雄において登記抹消のために出費を要したというのであるが右主張事実を明らかにする立証がない。乙第二号各証は右主張事実を立証するには不充分である。

六、よつて、次に時効の抗弁について判断する。

被告らは商事時効を主張するけれども、本訴請求債権は商行為に因つて発生したものでないこと前認定の事実によつて明らかであるから五年の経過によつては消滅せず、消滅時効期間は一〇年と解すべきである。

ところで、別表記載2ないし4の税負担分についての不当利得返還請求権は遅くとも昭和三二年三月一日には行使し得たものであるところ、本訴が昭和四三年二月一日に提起せられていること記録上明らかであるから、右請求権は時効により消滅したものというべきである。よつて、右の限度においては抗弁は結局理由あるが、その余の分については抗弁は理由がない。

七、してみると、原告会社に対し悪意の受益者として被告会社は金六万八七五〇円訴外近藤文雄は金三万四八七〇円に受益の日より年五分の法定利息を付して返還すべき義務あるものというべきところ、右近藤が原告主張のとおり死亡し、被告会社を除くその余の被告らが原告主張の相続分をもつて相続したこと当事者間に争いがないから、右相続分の割合をもつて右文雄の返還義務を相続したものとしなければならない。

八、よつて、被告会社に対し金六万八七五〇円被告近藤春子に対し金一万一六二二円その余の被告らに対し各自金七七四八円(以上円未満切捨)および右各金員に対する法定利息の支払を求める限度において原告の本訴請求は理由あるをもつて正当として認容すべきも、その余の請求は理由なく失当として棄却すべく、民事訴訟法第九二条第一九六条により主文のとおり判決する。

別紙

目録

(一) 東京都千代田区神田鍛治町二丁目一二番地三

家屋番号 同町一二番七

一、木造瓦葺二階建事務所 一棟

床面積  一階 一〇二・〇四平方米(三〇・八七坪)

二階  六七・〇七平方米(二〇・二六坪)

附属木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建便所

床面積  三・三〇平方米(一坪)

(二) 同所同番一九

一、宅地  三三・九一平方米(一〇・二六坪)

別表

〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例